なのはなテレビ

ここは、しづはのブログです。

大震災

時がたつにつれて、しだいに被害の規模がおおきくなっていく事実。
3月11日、わたしは東京都内で仕事をしていました。その時間、小2の瑠璃は自宅近くのピアノ教室でレッスンを受けていました。午後3時すこしまえ、さいしょは、ちょっとおおきな地震かな?とおもっていましたが、いつまでたってもおさまらないし、しだいに強くなっていくので、これはふつうの地震じゃない!と気づいたときには、もう立っていられないほどの横揺れが。こんなに激しい地震は生まれて初めてです。オフィスの備品が音を立てて崩れ落ちてきます。周囲から悲鳴が巻き起こりました。わたしは必死になって、デスクにしがみつくのが精一杯で、そのあいだにもパソコンやモニターがばたばたと倒れていき、ファイルやバインダーなどが降りかかってきました。地震はとても長く続き、地鳴りのような音を伴っていました。
おおきな揺れがおさまったあとも、いつまでもゆらゆらと揺れは続いており、ビルの外に避難してからも、それはめまいのようでした。
わたしはいそいで瑠璃に電話をかけました。しかし、電話は通じません。なんどかけなおしても、まったく通じません。使えません。携帯はほんとうに非常時には役に立ちません。こんなおおきな地震で、どんなにか瑠璃がこわがっているかとおもうだけで、いてもたってもいられないのに、電話することすらできないなんて。やきもきしていると、地面の下からドンドンドンと突き上げるような振動がして、またもや烈しい揺れがやってきました。
その後わたしは帰宅難民になってしまい、オフィスに留まることにしました。方向音痴なので歩いて帰るなんてぜったいにできません。なんどもなんども瑠璃の携帯に電話しても通じません。こういうときにこそ、通じてほしいのが携帯なのに…
どこにも連絡がつかず、不安が頂点に達したころ、午後6時過ぎ、奇跡的に同居人からの電話がオフィスの固定電話にかかってきました。瑠璃は迎えに行ったから心配ないとのこと。わたしはへなへなと腰が抜けるのを実感しました。
「うちは? うちはだいじょぶなの?」
「あー それは、覚悟しとけ。そうとうひどいぞ」
「…」
「あわてて帰ってこなくてもいいから。そっちはそっちでやることやっとけ。瑠璃のことは心配するな」
同居人のそのことばに感謝して、わたしはオフィス泊まり。翌日、こくこくと報じられる被害のおおきさに、これはとんでもない事態になってしまったと、あたふたしながら情報収集に追われ、その日もけっきょく帰宅できず。
そしてやっときょう、帰ってきたわたしが見たものは、床に散乱しているおびただしい本の上に、ばったりと倒れている液晶モニターと、パソコン。その周りでぐったりしている外付けハードディスク。
なんとかもとに戻して、おそるおそるスイッチオン。よかった… なにごともなく動きました。そしていま、書き込みしています。
幸いなことに、わたしのうちでは、わたしも同居人も瑠璃もみな怪我もせず、無事でしたが、こんどの震災ではいままでにないほどの人々が被害に遭われています。テレビを見るたびに涙があふれてきます。あの津波でなにもなくなった場所にも、人々の暮らしがあったはずなのに…
茨城にいるお友だちにもやっとメールで連絡がとれました。水と電気が止って、家はぐちゃぐちゃになってしまったそうです。わたしたちの平穏な暮らしを一瞬で変えてしまった地震。いままでは他人事だったところがありました。

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耐震補強をしていたCDラックは倒れず、中のCDも飛び出ていなかったので、耐震補強をこれからも強化したいとおもます。