なのはなテレビ

ここは、しづはのブログです。

映画「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」を見てきた

見てきました。
ファンが待ち望んでいた完全版です。
前作ではなにかの都合でカットされてしまったシーンがちゃんと見られるようになりました。
ほぼほぼ、前作通りの展開なのですが、白木リンさんと北條周作さんとの関係が明らかになっています。といってもあからさまな描写ではなく、関係者のセリフによってほのめかされる感じです。
昭和の初めころに実際にあった戦争。
500年以上もむかしというわけじゃなくて、ほんのついこの前、まだ100年もたっていないときに、あった話です。
広島や呉が舞台です。
わたくしは前作を見ているし、十年前から原作も読んでいるので、展開がわかるから、泣くまい泣くまいとおもいながら見ておりました。
それでも油断すると、ぶわっっと涙が出て来そうでした。
いつものシネコンで見たのですが、わたくしが見た回は総勢8名の観客でした。200人規模が入れるスクリーンでしたが、もっとちいさなスクリーンでも良いかもしれません。
近くにあまりだれもこないだろうとおもって予約していた席なのに、二つ隣りに座られてしまいました。
ウィルスとか移されたくないから、他人が近くにいるのはいやなのですが・・・
なんでわざわざ、わたくしのそばの席を取るのかしら。ひとつ前の列にすればいいのに、っておもいました。
しかもこの人が、上映中にやたらとひとりごとをいうし、ちょっとしたシーンで笑ったりするしで、うるさいったらありません。
8人しかいない観客なのに、よりによってわたくしの近くを指定することはないじゃないですか。百歩譲っておとなしく見ていてくれればよろしいのですが、ひとりごとはいうわ、つまらないシーンで笑うわ、挙げ句の果ては鼻をすすりながら泣くわ、でうるさくてうるさくて、ほんとうにうっとおしかったです。まあ、劇場だからこういうこともあります。しょうがありません。
わたくしは、ベストポジションの席を予約しているので、席を移りたくないのです。ここなら、だれもこないだろうなと予測して、席を予約しているのですが。まあ、ベストポジションだからこそ、ほかの人もこのあたりを選ぶのかもしれませんね。そうだとしても、がらがらなのだから、わざわざ人のそばの席を選ぶことはないじゃないですか。ひとつ前の列にはだれも座っていないのですから。予約で埋まっている席の二つ隣をあえて選ぶ必要はないでしょう?
ときどきこういうハズレを引くときがあります。
これからはプレミアムシートにします。

作品はとても良かったです。
のんさん、のアテレコもすばらしいとおもいます。すずさんの声は、もはや、のんさんしかいません!
声だけの演技というのは、数段むずかしいはず。


今回はじめて気がついたことがあります。
昭和20年8月15日敗戦の日天皇陛下玉音放送が終わったとき、町に韓国の国旗が揚がったような気がしました。
これは史実なのでしょうか。
ほんの一瞬だけ映っています。
もしもこれが史実だとしたら、日本が負けたからいまこそとおもって朝鮮の旗を揚げたのでしょう。でもまだこの時点では、この先どうなるかわかりませんよね。
おそらくですけれど、あのシーンを挿入したのは朝日新聞社かもしれません。この映画にはなんということでしょう!朝日新聞社がスポンサーになっているのです!!
全体としてはとてもいい作品なのに、朝日新聞社のなまえを目にしたとたん、なんだかな~という気分に陥ります。こういう、大東亜戦争ものの作品になると、ことごとく参加しているのが朝日新聞社
みずからの責任を謝罪するどころか、韓国や中共に媚びる媚びる。
この映画の汚点です。朝日新聞社がかかわっているかとおもうと、虫唾が走ります。作品の内容はほんとうにいいのですが・・・

日韓併合を植民地支配とおもっているひとが多く、大手のマスコミでもいまだに植民地支配といっていますが、ぜんぜんちがいます。
植民地というのは支配と搾取するのみ。植民地にされた国の人々は奴隷同様です。
日本が韓国を併合したというのは、日本と同じようにしようとしたことです。支配とか奴隷とかではなく、朝鮮を日本と同じようにしようとしたのです。朝鮮の人々を日本人として、同等に扱おうとしたのです。
けれども朝鮮の人にはそれがよくわかっていなかった。
いまでもだけども。

わたくしのおばあちゃんが元気だったころ、わたくしと買い物にいったときに、とある家を指さして、この家は朝鮮人の家だよ、と憎々しげに教えてくれました。
子ども心にとても立派な家でした。お金持の家のように見えました。
小学生低学年だったわたくしがはじめて朝鮮人ということばを意識したできごとです。