どなたかヒールください〜

 その日はお偉いさん方がずらりと居並ぶ重要な会議がある日だった。
 全員に配るための資料を詰め込んだずっしりと重たい段ボール箱をかかえて、わたしは階段をよろよろと降りていた。もうあと数段で踊り場というとき、左脚が着地に失敗した。
 会議に出るためにわたしはおしゃれしていた。ふだんは履かないヒールの高い靴、タイトなスカート、それらのせいで容易にバランスを崩したわたしは、背中から激しく踊り場にころげ落ちた。かかえていた資料を放り投げて両手をついてかばう暇もなかった。視界がねじれ高い天井が真上に見えた。次の瞬間、わたしは腰の骨が折れるにぶい音を聞いた。

 目の前でぱあっと火花が散り、つづいてぐわーんと耳鳴りがする。
 動悸がすごい。強打した肩や腕はぴくりとも動かない。わたしは自力で立ち上がることもできなかった。
 近くにいた人があわてて駆け寄り、だいじょうぶか、と声をかけるのがわかった。返事をしたいのに、まったく声が出せない。すうっと血圧が下がっていくのがわかった。
(このまま死んじゃうのかな…)
 そんなことをぼんやり思ったりした。
 そのうち、まわりにおおぜい人が集まってくるのがわかった。会社中の人が集まったのではないかと思えるほどの騒ぎになった。救急車が来るまでの時間が、とてつもなく長く感じられた。恥ずかしさで一刻も早くこの場から逃げ出したいのに、動くこともままならず、だれかがそっとかけてくれた毛布に顔を隠しながら、わたしは羞恥と痛みでしくしく泣くばかりだった。そんなわたしの手を握り、だいじょうぶだからね、とやさしく励まし続けてくれた人がだれだったのか、それすらわからないほど、わたしの気持ちは無様に動転していたのだった。

 救急車に乗せられたのも、もちろん初めての経験だ。
 てきぱきとした手際で傷の具合、血圧、心拍数などをチェックされた。名前や年齢なども尋ねられた。そのころになると、わたしもようやく落ち着きを取り戻してきた。
 あいかわらず痛みはひどく、手足はぴくりとも動かず、すこしでもからだを捻ろうものなら、飛び上がらんばかりの(実際にはとても無理だが)激痛が背骨から腰にかけて走った。
 わたしはじっと目を閉じながら、付き添ってくれた人の手を握りしめていた。同じプロジェクトを担当する彼は、きょうの会議にいっしょに出席するはずだった。
「こんなことになってしまって、すみません…」
 消え入りそうな声でそう謝ると、彼はすこし慌てたように、
「きみにあんな重いものを持たせたオレが悪いんだ。すまない」
「いいえ。わたし、ドジだから…」
 大のおとなが、階段で転ぶなんてほんとうに恥ずかしい。しかも動けないほどの怪我をしてしまったのだ。運動神経の鈍さが、とんだところで損をする。

 病院に到着すると、待ちかまえていたスタッフによってレントゲン室に運びこまれた。金属類が写るからというので、上半身はブラジャーまで取られ、スカートもホックが写るといって足元に引きずりおろされた。脱がしてくれたのは女性の看護師さんだったが、レントゲン技師は男性だった。職業柄、こういうものは見慣れていて、特になんの興味も持たないものだろうと思うのだが、やはり抵抗感はある。裸を見られる恥ずかしさもあるし、おかしな下着をつけていなくて良かったという気持ちもあった。このあとレントゲンなどよりもさらに上をいく恥ずかしい体験をすることになるのだが、このときはもちろんそんなことは知る由もなかった。
 堅い撮影台の上に寝かされ、上を向いたり横を向いたりさせられた。とうぜん動けないので、数人の看護師さんたちが寄ってたかって(といういいかたがぴったり)、わたしの向きを変えた。じぶんではどうにもならないので、半分あきらめの境地。まさしく俎の鯉だ。
 落ちたときに後頭部もしたたか打っていたので、CTスキャナーで検査も受けた。それらの結果が出るまでのあいだ、ストレッチャーに寝かされたまま、わたしは廊下の隅っこで待たされた。付き添ってくれた彼は病院の関係者に事情を説明したり、携帯で会社に連絡を取ったり忙しそうだ。
 やがて、診察室に呼ばれたわたしは、じぶんのレントゲン写真を見せられつつ、お医者さんの話を聞いた。先生はわたしの背骨が白く写った写真を指さしながら、こことここが折れているといった。
「入院です」
 さすがに入院するとは思っていなかったので、正直おどろいた。
「くわしいことはこれから精密検査してみないとわかりませんが、最悪の場合は三月はかかるかもしれません」